土台は、家族

 自分を見つめる機会を増やしていくと、好きな自分と嫌いな自分を見つけることになります。

この判断は正しいでしょうか?これこそ最大の思い込みになります。

 幼い時に身につけた価値観程、根深いものはありません。

 おなかにいて母親に守られていた私たちは、おなかから出てきた瞬間から、自分で生きていくことになります。

 馬でも牛でも生まれた時からすぐに4本の足で立ち上がります。人には、それができません。

 しばらくの時間、家族に守られ、続けて次第に一人で歩くようになっていきます。

 家族に守られながら、私たちは、生きるために絶対に必要な価値観をまず身につけることになります。

 それは、五感を通して身につけていきます。

 刺激は、家族の会話であったり、住んでいる環境であったり、家庭の雰囲気であったり、与えられる食事であったり、抱きしめられる態度であったりします。

 その時の感じ方が、その時代を生きるために、「この世界で生きるのは、このように生きればよい。」という価値観を創り出します。

 そして、生きていくために、次々安心・安全に生きられるための価値観を身につけていきます。生きる世界に合わせるために、必死でそれを身につけていきます。

 そして、その時々の世界に合った自分を作るために、価値観を次々にまとい、今の自分に仕上げてきました。

 今の自分は、身につけた多くの価値観で守られながら生きています。

 この事から、自分の事を好きだとか嫌いだと判断することは、今生きている自分を、過去に身につけた価値観をもとに「好きな自分」「嫌いな自分」と判断していることに気づきます。

 言い換えると、過去の自分が今の自分を裁いていることになります。

 「今の自分ではだめだ。」「今の世界に合った自分になっていない。」ということになり、自分を好きだとか嫌いだとか判断させてしまったのです。

 必ず、壁にぶち当たりながら、今の時代に合った価値観を身につけようとするわけですから、当然、生きづらい人生を歩み続けることになります。

 これには、生きているその時代に合わせ、安心・安全に生きるために無意識が働いているから仕方がありません。

 特に変化の激しい今の時代においては、その変化に対応しきれずに、苦しんでいる人がかなり多いと感じます。これからもっと複雑になる時代が待ち構えていますから、もっと苦しむ人が増えるのではないかと危惧します。

 よく考えてみると、変化の合わせようとしているから苦しくなっていることになります。

 「不易」と「流行」という言葉があります。

 時代の変化と共に変わっていくものが流行で、時代が変化しても変わらないものが不易です。

 流行に流されて生きているうちは、無意識がその変化に合わせようと右往左往しながら自分をいたぶりつづけます。

 しかし、不易で生きることになれば、流行に流されなくなります。

 これは、物事の本質をつかむことになります。

 物事の本質を見極めることができれば、流行に流されることも少なくなります。そして、流行という刺激に対する無意識の反応が鈍くなっていきます。

 つまり、生きやすくなるということになります。

 物事の本質を見極めるには、意思が必要です。強い意思があれば、この変化を乗り越えることになります。

 自分を見失い、流行に流されている自分は、無意識の奴隷と言ってもよいでしょう。

 意思を働かせ、時代に合わせるのではなく、時代を創っていくことの方が生きやすいはずです。

 人間には、創造力があります。それを創り出すことこそ、流行に流されない独自の生き方になると思います。そのためには、謙虚に、そして誠実に自分を見つめ、物事の本質を見抜いていく姿勢が必要ではないでしょうか。

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