読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自動改札機50年に寄せて

 北千里駅で日本で最初の自動改札機が設置された、というのは元記事のとおり。もちろん、BONN氏がそれを目撃できたわけでなく、人聞きのハナシであるが、最初の自動改札機は定期専用だった(もちろん、東京地下鉄道が昭和2年に開業した当時のターンバック式は別として)。

 日本最初の栄冠は阪急電車が手にしたのだが、導入目前までいって実現できなかったのが近鉄で、国鉄の反対で頓挫したと聞いている。最初の改札機は穿孔読取方式で、要は券面に穴が開いているパターン。この当時のコンピュータを描いた映画(例えば007)でもわかるとおり、かつて出力・入力装置といえばパンチカードで、改札機もの応用から始まった。磁気式より技術的に安定していたのだろう。

 近鉄が導入を想定したのが大量の利用者で混雑した鶴橋駅国鉄連絡口だった。「穴が開いた券面で正当料金収受が確認できるかぁ」という組合の猛反対を受けたそうで。自社の組合は春闘でも電車は止めない近鉄も他社の組合の反対はどうしようもなく、誰かの言い分じゃないが断腸の想いで断念したそうだ。

 近鉄が諦めた新規のメカを採用したのが阪急だった。新設駅であり、利用者がニュータウン住人と若くて柔軟そうな北千里駅ならイケル、と踏んだのだ。ここまでの経緯は、かのプロジェクトXに詳しい。詳しいが、BONN氏、あの回に違和感あった。というのも、定期と普通キップの混用を当初から想定する内容だったが、

 磁気式の改札機を最初に採用したのは、かの近鉄だった。昭和44年に学園前駅で定期専用として導入した。こ小学校に通い始めたBONN氏はあべの橋の駅で目撃したことがある。たぶん、昭和46年頃だ。

 そんなオモシロい装置があるのに、普通きっぷが使えないのを大いに残念に思った。この時点でも、普通きっぷは有人改札必須だった。

 その頃、阪急が各駅への導入を開始。この時、普通きっぷも使えるようになった。阪急が展開した改札機は、当時の関テレの子供向け番組(西川きよし桑原征平などが出演していた)で採り上げられ、技術者が解説していた。裏表どちらに入れても大丈夫なこと、きっぷを折り曲げてはいけないこと、磁石や財布の留め金などにきっぷを近づけてはならないことなど。

 それでも、南海沿線の子息たるBONN氏らが阪急電車にそうそう乗れるわけでなく、改札機を実際に体験することはできていなかった。クラスの誰かが偶然利用して、体験記をヒーローインタビュよろしく同級生に報告するのを、垂涎の思いで聞いた。

 ところが、阪急電車より少しだけ遅れて大阪市営地下鉄が改札機を導入した。「ラピッド計画」と銘打った全駅導入計画は、たぶん数年で完成した。BONN氏の学校に近かったり、図書館や電気科学館がって利用頻度の高い駅にもすぐ導入された。

 工事期間中の駅は、それでなくても天井が低くて鬱陶しい地下鉄の改札がますます陰気くさかったが、それでも、日常的に改札機を使えると思ったら楽しみだった。

 初期の磁気式定期券は、磁気紙をパウチしていた。これは、最短でも1か月、長い場合は半年も使用する定期の場合、プラスチックケースで保護する必要があったからだろう。プラスチックを直接帯磁させることが、まだできなかったのだろうか。

 ところが、BONN氏が大学に通う頃からプラスチック版に磁気を帯びさせることができるようになり、かくしてパウチはなくなった。当然、定期発行機も急速に更改されたけど、同時に、ストアードフェアの道も開かれた。券面に、利用状況を書き込めるようになったからだ。

 そういえば、地下鉄の回数券が紙片から磁気カードになったのは、ストアードフェア=スルっとKANSAIがはじまった頃ではないか。3,000円で地下鉄もバスも3,300円分使えるというのは、実に便利になった。それまで地下鉄とバス、別々の回数券が要ったのだから。カードに利用状況が書き込まれるようになって、それで実現した。

 

 スルッとKANSAIは間もなく消える。紙や磁気カードのような接触媒体から非接触への進化は、改札機導入時に苦労した運搬機構の保守を不要とする。機器の管理としては合理的だ。

 自分の所持する切符の状況が目に見えないのは、旅行者としては不便だ。実際、バンコクの地下鉄みたくトークン方式だったり、ソウルみたく紙媒体の切符を完全に廃止されてしまうと、残額が見えず本当に困った。スルっとKANSAIが消えても、磁気カードや紙のきっぷはなんとか残してほしいところ。

 将来的に開発して欲しいとしては、バスやトラムの出入口に装着できる小型の改札機だ。現金徴収のお客さんは運転士の近くで乗降し、それ以外はどこのドアでもカードをタッチして乗降できるメカだ。欧州なら信用乗車+検札にしている料金システムを、日本のテクノロジーで乗降時に改札機を使うことで対応、というのもイイと思うのだが。

 大阪でBONN氏が目撃した改札機は、初体験以来ずっと基本的にドアが閉まってる方式だった。きっぷを差し込んだらドアが開くのが、楽しかった。日本全国のどこより早かった分、国鉄や東京で普及してないのが不思議に思えた時期もあった。一方で、阪急梅田や南海難波でズラっと並んでるのは壮観だった。

 大学時代にはじめての北海道旅行で見た札幌地下鉄の改札機は、通常開いていて無効きっぷを差し込んだ時に閉まるタイプだった。改札通過時の抵抗感を無くすためらしいが、その代わり紙やカード裏表は要求された。日本国内でも地域差があってオモシロイ。

 外国の改札機は、キップを抜かないと開かなかったり、裏表どころか挿入する向きまで決まっていたり、日本のそれに比べて乗客への制約・指示が大き。仕来りの違いもあろうが、使い勝手はやはり日本の方が出来がいい。

 そんなこんだで、この機械。ますます興味深い。恐らく、これからも長くつきあうメカなんだろうが、いずれは指紋認証とか顔認証とかで通過できるようになるのかねぇ。どれだけ進化するンだろう。

 

■日本の駅変えた大阪発の“世界初”技術 「自動改札システム」が導入50年 全国2万8千台、各国にも広がる

(産経新聞 - 03月21日 15:07)