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大臣失言から想う・その2

  誰でも高校生までは特にそう思い、悪いとも気が付かないかもしれませんね。僕もそうでした。中学・高校時代の僕は「インドに生まれなくて良かった」と思っていたものです。その頃(1970年前後)の日本では、インドは飢饉カースト差別がひどい国だとテレビや新聞で伝えられていたから、僕もそのように思い込み、口には出しませんでしたが、そのように思い続けました。今、思うと、インドの人たちに申し訳ない想いですが。インドはともかく、誰でもそのような気持ちは心の中にあるわけです。

  でも、卒業後、多くの人たちと付き合ったり、S園やその他の身障施設の人たちとも付き合い、そのような考え方は差別的でおかしい事に気が付きました。口に出してはいけない事だとも。放送大学などで世界の歴史も幅広く学び、尚更、思った。今の僕の心の中にも以上の気持ちはありますが、「それはおかしい事だ」という強い想いもあり、それが封印しているわけです。

  でも、公言してしまう。今村前大臣に限らず、そのような人たちはその想いのおかしさに気が付いていないのではないでしょうか。それ故に公言もしてしまう。そのような人の社会性はまだ高校生並みであり、今回の失言者も高校生くらいの社会性しか持っていなかったと言わざるを得ません。そのような人が国会議員に選ばれ、大臣になった。首相の任命責任以前に、有権者の投票責任が問われますし、日本の民主主義も本当に危機なのかもしれません。それゆえ、社会性豊かな人を議員に選ぶことが重要ですね。

  それから、今村氏はこれまでどのような人生を歩んで来たのでしょうか。その過去の経路も知りたいと思います。社会経験があれば、公言はできない発言だから。

  とにかく、「雨降って地固まる」で、今回の失言を機会にまともな候補者を選ぶように日本人もありたいものです。