オーストラリアに5万年前頃到達のアボリジニ祖先は、二手に分かれて東西沿岸沿いに急速拡散、数千年後に南海岸で会同;追記 カッシーニ、最後のミッション

 世界中が文明社会化される20世紀半ばまで、最も長く続いていた文化複合は、オーストラリア・アボリジニのそれである。

◎現代まで旧石器的文化を保持

 アボリジニの祖先は、考古学的な証拠から見て、今から約5万年前にオーストラリア大陸(オーストラリアだけでなく、ニューギニア島タスマニア島などが一体化した当時のサフル大大陸)へ初めて定着したとされている。それ以来、彼らは到達したままの文化・社会を、ほとんど変化させることなく維持し続けた。

 イギリスから白人植民者がやって来ても、彼らはなお旧石器的文化を固守した。

 僕が印象深いのは、白人植民者が廃棄したガラスビンを加工し、鋭い刃の尖頭器に加工した例である。火山のないオーストラリアには火山ガラスである黒曜石はなかったから、人工ガラスであるビンは、最高品質の「石器」原材だった。

◎多様な言語集団に分かれるも遺伝的には近縁

 さて、そのオーストラリア・アボリジニである。彼らは、地域ごとに様々な言語を話し、互いに意思が通じ合わないほどに分岐してしまっているが、遺伝的にさほど離れていないことは、人類学的にも確認されている。

 アデレード大学のアラン・クーパー氏らオーストラリアなどの研究チームは、過去に採取されて保存されていた白人入植者の到来以前のオーストラリア・アボリジニの111例の毛髪試料のミトコンドリアゲノムの塩基配列を解読し、遺伝的解析を行い、サフル大陸に到達した人類がその後大陸内でどのように移動したかをたどった。イギリスの科学週刊誌『ネイチャー』4月13日号に発表した。

◎オーストラリア到達後に数千年で南部にまで

 解析の結果、人類はサフル大陸北西部に上陸した後、東西に分かれて海岸沿いに急速に南下し、おそらくわずか数千年後(4.9万〜4.5万年前)にオーストラリア南部で再び出会っていたことが明らかになった。その拡散の波は、たった1回きりだったという。

 大陸全体の大拡散の後、ミトコンドリアDNAに著しい地域的パターンの違いが発達し、後期更新世から完新世にかけての大きな気候変動や文化的多様化にもかかわらず、遺伝的多様性は維持された。

 そうやって各地域に根ざして発展したアボリジニの文化は維持され、同時にそれぞれの地域の個体群は継続的に維持されたのだという。

(写真=20世紀初めの白人と接触するアボリジニと岩窟住居)

追記 土星探査機「カッシーニ」最後のミッションに

 アメリカ航空宇宙局NASA)の土星無人探査機「カッシーニ」は、去る4月26日、土星の環をくぐり、土星に最接近した画像や環の内側から写した画像を送ってきている。

 土星表面の画像では、渦巻く雲や大型ハリケーン、奇妙な六角形の渦状気流などが写されている。

 13年間土星探査を行ってきたカッシーニは、現在、最終ミッションに入っている。

 今後も合わせて22回、土星の雲のてっぺんと輪の間の未知の領域を探査する予定だ。

 ところで環をくぐる前の12日、カッシーニは環の間から地球から14億キロ離れた地点から地球を撮影した。あまりに遠く、写真では点にしか見えない。読者にはゴミにしか見えないかもしれないが(写真)。

 最後の輪くぐりは9月15日。その後は、土星の大気圏に突入して燃え尽きる予定だ。

 サヨナラ、カッシーニの時が迫る。

注 容量制限にタッチしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。

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