〜フルール〜周防高幸の後悔86

その日の安全課はのんびりとした雰囲気に包まれていた。

ここ1ヶ月あまり藍綬に入院する芸能人や政治家はおらず、芸能記者くずれやヘンなファンに悩まされずに済んでいるせいもある。

安全課・課長、原田桃子はモニターを後ろにコーヒーを飲んでいた。休憩中ではあったが、外にでてうるさがたに捕まるよりは安全課のモニター室にいた方が気が楽だ。

「課長、行儀が悪いですよ。机に腰掛けないでください」

「いーじゃん、中嶋くん。このほうが私ラクなんだもん」

「お育ちがしれますよ」

「ハイハイ、すいませんですねぇだ」

もうすぐ交代がくる。夜勤の連中と入れ替わりで中嶋宗谷は勤務を終える。

「ねー中嶋くん。今度メシ行かない?」

「食事なら行ってもいいですよ」

原田は意味は通じるのにとぶーたれながら「ご飯いきましょー?みそかつラーメン」

「相変わらず色気ないですよね」

「いるん?色気とか」

「あるかどうか、見てみたい気はします。恐いものみたさで」

「私の色気はオバケか!」

迷彩服が似合うと言われて10余年、原田のワードローブに『色気のある勝負服』など、ない。

中嶋はそれも知っていてからかっているだけだ。

「中嶋くんさぁ。…周防先生とどうなってんの」

「は?」

「いや…なんかそういう話を」

「またいらない話を耳ダンボにして聞き込んできたんですか」

「で、どうなん?」

「…ないですね」

銀色の眼鏡をすっと外してクスッと笑う。

「可愛く見えますけど、彼、私と同類なんですよ」

「え゛っ!ウソまじで!」

「ええ。どSですね」

「ウッソ…」

「ええ。それはウソです」

「中嶋くん…」

げんなりした原田が口を開こうとした。

黄色のライトが点灯。地下駐車場にライトの点滅。モニター室に緊急サイレンが鳴る。

「なんだ!」

「侵入者あり、照合します!」

監視カメラに顔認証を追加したのはシステム課の松木孝だった。

『天才の私が皆さんのシゴトをやりやすくいたしましょう♪』

と、これまでに問題行動を起こした人間の顔や車種、ナンバーなどをファイルにして顔認証に組み込み、敷地内に入ったら光と音で双方に警告を知らせるようになっている。

「認証出来ました!…高橋夏子!?」

「ハサミ女じゃん!対象は?まさか」

「まさかです。周防先生が地下駐車場にいます!」

「藍綬安全班!地下駐車場だ!急げ!ヤバい!装備しろ!」

中嶋が周防の携帯に電話をかける。

「周防先生、高橋夏子が来ています!早くセンターに避難してください!」

『…ええ…いま…目の前にいます』

プツッと音声が切れた。モニターをよく見ると、後ろ手に誰かをかばっている。

「女の子…!」

職員の中に娘がいる人間、いつもセンターに来ている、といえば。

「滝本オブザーバーの娘か!」

中嶋が滝本の携帯に電話をかけたが、院内用の携帯には出ない。

館内放送では高橋夏子を刺激する恐れがある。

どこだ。どこにいる。モニターをいくつか切り替えて捜す。

原田はその間に防刃ベストを羽織り、武器を装着して事務方に経緯を説明、

「各所に連絡!院長を呼び戻せ!センターの出入り口を閉めろ、高橋夏子を入れるな!」

「!刃物を確認!」

「すぐいく!」

原田の足音がサイレンを縫って響いた。