過去のわたしあってのスタートライン〜その3〜

こんばんは

旅人未婚シングルマザーいのちの歌い手癒し家の

空色カミュです。

うむむ、

毎回ながら自己紹介がなかなか短くまとまらない。。。笑

なんだか最近

文章書きモードに突入なので

今日は夜も書いちゃいます

空色カミュの人生を

ひとまとめシリーズ第三弾

〜今までのあらすじ〜

二十代前半

都会暮らしの中で精神を病み

過呼吸やらパニックやらで

もう生きていけるかもわかんないくらい

最悪な状況を作ってしまっていた私が

フィリピン、バリ島、タイ、インドを放浪して

どんどん魂と肉体が歓びはじめ

そして禅修行していた吟遊詩人の彼との出逢いで

自分自身も歌うことが開花しインドへ。

インドを半年間

ライブしたりマッサージしながら

ドネーションをもらい旅したことで

どんどん表現者としての自分を発見していった。

言葉を超えたボイスのエネルギー。

あなたの歌を聞くと、なぜだか涙が出る

私が歌うと

そんな風に涙をたくさん流してくれる

外国人の方もいた。

英語もまともに話せない私。

でも歌うことでいつでもたくさんの人と

仲良くなれた。

そして歌うことで

様な人が

私を好きになってくれた。

そして私の歌を通して

何か別次元のものを感じてくれる人もいた。

ちょっと目が光っちゃってますが。。。懐かしいダラムサラで出逢ったファミリーたち

私たちはみんな家族なんだな。。。

音が出す周波数って不思議。。。

その音の持つ波長で

ソウルメイトはすぐ気づいてくれる。。。

そしてみんなソウルメイトになれる。

またとない旅路の途中

同じ時を奏であったアーティストのみんなとの

かけがえのない時間。。。

そして帰国した三か月後

長野にて妊娠が判明。

結婚もしてない。するつもりもない。

お母さんになる気もその頃全くなかった私。

衝撃的なタイミングでの妊娠だったのです。。。

それでもおなかの中にいるいのちの

鼓動を初めて産院で聞いたとき。。。

なぜだか分からないけれど

涙がドバドバ溢れて止まらなかったのす。。。

うれしくて。。。

うれしくて。。。

わたしの身体はもうすでに

赤ちゃんがいることを知っているのに。

わたしはそんなこと気づいてなくて

そして初めて鼓動を聞いたときに

やっと身体が私に

気づいてくれたね

ってほっとしてるような気もしました。

その時確信したことがあって。

私はお酒、たばこ、カフェインに手を出さず

ベジタリアンになって4年目だったころで

そうか。。。

自分が子供を宿すために

身体の浄化をしていたんだなーと感じたのでした。

そんなこと考えてなかったけれど。

計画も全くしてなかったけれど。

必然と、それは人生の中で準備されていた。。。

潜在意識レベルでは、赤ちゃんを望み

母親であるわたしの意識の目覚めが

水面下では起こっていたんだとも感じました。

でもこれは私の場合のストーリーです。

お酒やたばこを吸っていたって

食べ物を色食べていたって

妊娠するときはする。

そこに良いも悪いもないんですから。。。

でも私は

自分の中にたまっていたものを

色排出したいと思って旅をしていた部分もあったので

そういうことかあーと思ったんですね。

精神的な部分

肉体的な部分での大きな浄化が起こり

別のたましいが入れる

空きスペースが私の中に出来たというか。

次の私の人生の学びのステージの準備に向かいだした。。。

そして

魂も、肉体も

野性全開だった私が選んだお産とは。

タイの山村での自力出産でした。

病院でも、助産師さん立ち合いでもなく

元彼パパと二人だけの

お産でした。

あー自然の中で気持ちよくお産したい〜!!

妊娠した私が

自分のたましいと肉体の声を素直に聞いたら

この答えだったんです。

色と反対されたり

そこからがまた怒涛のすったもんだ劇場の幕開けでもありましたが、わたしは最終的に

タイの山村八角形の土壁の家で

蚊帳を吊るし

そこにロープを垂らしてお産するという

経験を

有難いことに

させてもらいました。

そしてそれを望んだのは私であり

パパでもあり

そしておなかの中にいた長女でもありました。

お産の部屋二階のアトリエ

他の人は別に望んでなかったですよ。

両親は臨月まで大反対だったし。

でも不思議と

タイで出逢った人はみんないいね〜!と背中を押してくれた。。。笑

必要な情報もすべて

ばっちりなタイミングで

出逢った人から伝えてもらえた

パパが探し当てた

タイ人のトランペット奏者であり

絵描きの友人の手作りの家でした。

彼に二か月半くらいこの家をお借りし

お産するために使わせてもらったんです(oo)

わあ、こうやって改めて書いてみると

なんだか映画みたいだ。。。

うん、映画にしたいな。。。

うん、小説にもしたいな。。。

ここには書ききれないほどの

そこにはミラクルと

人と人との間にある愛と

自然と宇宙と

祈りと。。。

人のいのちの偉大さ!!!

強さ!!

そして

命がけで命を産むっていうことの意味。。。

覚悟。。。

私たち人間の人生は

一人ひとり

こんなにも愛されているんだよってことが

いーっぱい感じられる日でした。

そしていーーぱい

魂のぶつけ合いをパパとしました。

それは本当にショッキングなほど

大きな大きな

お互いの中に見える自分への反発だったり

カルマだったりね。。。

すごいことが起こってました。。。

私は妊娠中もっともっと

大切にされたかった。。。

心穏やかに過ごしたかった。。。

でも実際は

そんな風にはいかなくて

泣いてばかりの妊婦生活だったんです。

それでも

産まれてきてくれた長女に

本当にありがとう。。。

お産の話は別口で書きます

そしてあまりにも

あまりにも

お産が気持ちよすぎて。。。

世界最高のエクスタシーだったのですよ。本当に。

次女は産科でお産しましたが、

あのエクスタシーは味わえなかった。。。

お産が気持ちがいいなんて

知らなかったんですよ。

怖いイメージたくさん

小さなころから

植え付けてしまってたから。

でもね

実際は

もちろん陣痛はすごかったですけど。。。

神さまが通る痛み神通なんだって思ったら

なんだかすーって楽になったんです。

あとね、

この痛みを

地球上にいるお母さんのほぼ全員が体験して

こんなに沢山の命が産まれたんだって思ったら

それもとっても勇気になったんです。

一番はうちのお母さん。

あんなに弱くて

病弱な人なのに

この痛みを超えて

私を産んでくれたんだ!って思ったら

しかも巨大な赤ちゃんだった。3800とかの。。。

ならば自分もいける!!という

勇気と

自信が芽生え。

医療がない

人のいのちと人だけといういうお産

もしかしたら太古の人がお産で経験したような

メスの開きを

私は経験したのではないかな。。。

と思うのです。

メスという野性を全開に開く条件は

人それぞれですが

私が思うに

自分が一人でいることが一番だと思います。

セックス

オニー

と同じで、誰かに集中していたら解放し辛いですからね。

自分自身に全集中!リラックス。

次女の時は看護学生含め

5人くらいに取り囲まれた

過保護なお産だったので

宇宙と繋がるまでは到達できませんでしたが

みんなが応援してくれたり

産後のケアが楽だったりと

そういう有難さは感じました。

宇宙と繋がるお産が

私のその後の人生を

これまた大きく変えてしまったことは確かです。

私はそこから、パパとのユニットではなく

ソロで歌を産みだしていくようになりました。

空色カミュのファーストアルバム〜産月〜の中の

あなたは愛されているよ

という曲はまさにタイでのお産の場面を

歌った歌でもあります。

そしてタイでお産し帰国した私たちに待っていたのは

大きなお別れでした。

つづく